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マルチAIエージェント時代の
“エージェントエンタープライズ”
戦略の考え方

エグゼクティブサマリー

  • マルチAIエージェントとは、従来の「人が設計したワークフローをシステムが実行する構造」から、「目的に応じてエージェント群がワークフローそのものを再構成しながら業務を遂行する構造」への転換。すなわち、ビジネスの実行主体が人間からAIへとシフトする可能性を意味するものである。
  • これは単なる次世代ITトレンドではなく、ビジネスモデルおよびオペレーティングモデル(業務プロセス、組織・人材、ガバナンス)を根本から再設計する必要がある「企業運営の原理・原則の転換点」である。
  • 一方で、多くの企業の取り組みは、人間が実行することを前提とした既存業務をAIへ置き換える「自動化による効率化」にとどまっており、AIエージェントがもたらす構造変化への対応には至っていないのが実態である。
  • この状況を打破するためには、個別ユースケースの積み上げではなく、自社が属する業界におけるマルチAIエージェントのインパクトを見極めた上で、ポジショニングも含めた将来の姿を構想することが不可欠である。
  • その際の鍵となるのが、以下の三つの視点である。
    1. Multi-Agent Ideation(アクセル):
      何を自動化するかではなく、何を再設計するかを定義する視点
    2. Multi-Agent Governance(ボトルネック解消):
      AI活用に伴うリスクと制約を前提とし、それを制御しながら活用を可能にする仕組みを構築する視点
    3. Data Infrastructure(真のイネーブラー):
      AIが意思決定と実行の中核に入るための前提となるデータ基盤を再設計する視点
    これら三つの視点を統合することで、将来のエージェントエンタープライズ(Agent Native Enterprise)の姿を具体化することが可能となる。
  • 変革の推進にあたっては、「構想は大胆に描き、実装は小さく始める」という原則、すなわち“Think Big, Act Small”のアプローチを採用すべきである。
  • いままさに、企業は10年後を見据え、マルチAIエージェント時代に向けた戦略的な変革ジャーニーを開始すべき局面にある。

第1章 マルチAIエージェントのインパクトと
企業の対応状況

1-1 マルチAIエージェントと現状の課題

いま、多くの企業が「また新しいバズワードが来たのか」と感じていても不思議ではない。ERP、クラウド、DX、生成AIと続いた後に、今度はAgentic AI、さらにマルチAIエージェントである。現場から見れば、言葉だけが先行し、毎回“今回は本物だ”と言われてきたようにも映る。しかし、今回の変化を単なる流行語として片付けると見誤る。なぜなら、マルチAIエージェントは、これまでのIT導入の延長線上にある“新しい道具”であると同時に、企業のビジネスモデル・オペレーティングモデルそのものを再設計し得る技術だからである。しかしながら、節操なく飛びつくと、これまでのERPやDXのように投資ばかりかさみ、何を得たのか分からない事態になりかねない。そこで、本稿では、マルチAIエージェントの本質と、どのようにマルチAIエージェントを活用する“エージェントエンタープライズ”へ変革していくかの考え方の道筋を示したい。

本章では、マルチAIエージェントとは何かをまずはっきりさせたい。単一の生成AIが人の問いに答える世界から一歩進み、複数のAIエージェントがそれぞれ異なる役割、権限、知識、ツール接続を持ちながら、相互に連携して目的達成に向けて計画し、判断し、実行し、必要に応じて監視・修正し合う仕組みが、マルチAIエージェントである。一つのエージェントが受付役になり、別のエージェントが情報検索を担い、別のエージェントがリスク判定を行い、さらに別のエージェントが外部システムへの実行を担当する。人間が逐一指示しなくても、与えられた目的と制約の中で役割分担を行い、ワークフローを自律的に編成していく。その意味で、マルチAIエージェントは「会話するAI」ではなく、「自律的に協働して仕事を進めるAI群」である。重要なのは、これが単なる業務自動化では終わらないことだ。もちろん、最初に見えやすい効果は効率化だろう。問い合わせ対応の省人化、レポート作成の高速化、定型判断の自動化、社内オペレーションの時間短縮。だが、本質はそこではない。複数エージェントが常時連動し、判断・実行・再計画を回し続ける世界では、仕事の“やり方”そのものが変わる。人がワークフローを設計し、その上でシステムが動くのではなく、目的と制約を与えると、エージェント群がその都度最適な手順を組み直していく。これは、既存業務のデジタル化ではなく、業務そのものの自律化であり、ひいては業務実行主体が人間からAIへ置き換わる可能性を示唆する。したがって、企業が向き合うべき問いも、「どの業務を自動化するか」から、「どの意思決定や顧客接点や価値創出を、エージェント前提で再構成するか」へ移る。すなわち、AIエージェントを前提として新たな企業の在り方を構想する思考が必要であり、そこに将来のエージェントエンタープライズをAgent “Native” Enterpriseと呼んでいる理由がある。

この変化は、すでに顧客の行動にも現れ始めている。従来、消費者は検索エンジンで候補を探し、比較サイトやレビューを読み、複数の画面を回遊しながら意思決定をしていた。しかし近年は、検索の起点そのものがAIに移りつつある。ある調査では、37%の消費者が検索の出発点として従来の検索エンジンよりAIツールを選んでいるという結果が出ている。これは単に“検索UIが変わる”という話ではない。比較、要約、推薦、絞り込み、意思決定支援までが一つのAIエージェントに統合・吸収されることで、これまでディスラプター(創造的破壊者)だと言われてきたプラットフォーマーが握っていた送客力やUI支配力が、バックエンド機能へと押し戻される可能性があるということである。[*1]

つまりここで価値を持つのは、目立つUIや集客導線ではなく、AIから呼び出されるに足る在庫、価格、条件、実行インターフェース、信頼などの“データ”であり、意思決定ファクターはAIが提案する自分の文脈への適合性である。したがって、プラットフォーマーの地位はユーザーとの接点である「画面を持つ者」から「AIに使われる(呼び出される)標準化された能力(サービス)を持つ者」へと移る。これが筆者が、マルチAIエージェントは企業のビジネスモデル・オペレーティングモデルそのものを再設計し得る技術と言っている理由である。

しかしながら、いまだに多くの企業にとってAI導入は“既存業務の延長線上の改善”にとどまり、業界やビジネスモデルに対するマクロなインパクトを起点にした変革には至っていない。マルチAIエージェント以前に、AI単体での実験や導入は進んでいても、変革の起点が現行業務改善のユースケースの積み上げになっており、バックキャストでの業態変革や判断構造設計にまでつながっていない。2024年時点で社会全体ではAI利用の普及が進む一方、企業の多くは依然としてパイロット(導入/テスト)中心で、ワークフローへの深い埋め込みが進んでいないという指摘もある。[*2]

この失敗パターンに既視感があることも重要である。ERPやDXで繰り返されたのと同じく、AIでも「技術先行」「ユースケース乱立」「ROI(Return On Investment)後付け」「組織未変革」「ベンダー依存」が起きやすい構造がある。つまり、失敗はAI固有というより、変革設計の問題である。さらに、AIで特筆すべき論点として、データの未整備は過去のDX以上に重い制約になる。一部の調査では、約3〜4割の企業がAI導入における最大の課題としてデータを挙げており、データ整備や構造の複雑性がROI創出およびガバナンス確立の主要な障害となっていることが示されている。[*3]

1-2 マルチAIエージェントによる企業変革の論点

これらの観点で、マルチAIエージェントは企業に二つの問いを突きつける。第一に、自社の業界では本当に書き換わるものは何かという問いである。顧客接点なのか、オペレーションなのか、バリューチェーンの境界なのか、それとも収益モデルなのか。

第二に、自社はその変化の中で、業界全体のポジショニングとして、フロントを握るのか、オーケストレーションの中核を担うのか、あるいは他者のAIに使われる“信頼できるバックエンド”になるのかという問いである。

これらの見極めなくしてPoC(Proof of Concept)をいくら積み上げても効率化の域を超えず、本質的なインパクトなしでは単発の実験で終わる。そうならないために、マルチAIエージェントへの対応は、技術導入プロジェクトではなく、AIエージェント時代のポジショニングを再定義する経営アジェンダとして扱う必要がある。

だからこそ、企業の構え方も極端であってはならない。過度に楽観して「何でもエージェントになる」と騒ぐのも危ういし、逆に「どうせまた一過性だ」と退けるのも危うい。正しい姿勢は、インパクトの幅を業界特性ごとに見極めた上で、10年後のオペレーティングモデルを先に描き、そこから逆算して今日の小さな一歩を決めることである。人類は1年後を過大評価し、10年後を過小評価するというかつてのビルゲイツの警句が、この領域ほど当てはまるものはないのではないだろうか。

マルチAIエージェントは、来年すべてを置き換えるわけではない。しかし、10年単位で見ると、企業の組織設計、役割分担、購買行動、サービス接続、責任分界、さらには業界構造そのものを静かに組み替えていく可能性が高い。今から未来を読み始め、備えを始めることが重要である。

参考文献

[*1]
37% of consumers start searches with AI instead of Google: Study
(https://searchengineland.com/consumers-start-searches-ai-not-google-study-467159)
[*2]
The state of AI in early 2024: Gen AI adoption spikes and starts to generate value
(https://www.mckinsey.com/capabilities/quantumblack/our-insights/the-state-of-ai-2024)
[*3]
2023-2024 Data Infrastructure Report
(https://www.hitachivantara.com/en-us/gated-forms/how-ai-shifting-data-foundation)

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